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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4789号 判決 1990年7月24日

原告 坂本佳靖

右訴訟代理人弁護士 新井弘治

被告 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 小坂伊左夫

右訴訟代理人弁護士 岩出誠

同 池田秀敏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成元年四月二六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約の締結

(一) 原告は、保険業を営む被告の代理人である株式会社渡辺自動車サービス(以下「渡辺自動車」という。)との間で、昭和六二年一月一九日、自家用自動車総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)に基づき、左記のとおり保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

証券番号 二〇六九七〇九四七

保険期間 昭和六二年一月二一日より同六三年一月二一日まで

被保険自動車 原告所有の普通乗用自動車(シボレーカマロE―CF二四Aクーペ、習志野三三ね六〇八)

車両保険金額 三〇〇万円

(二) 本件約款によると、(1)被告は、衝突、接触等の偶然の事故により被保険自動車である本件車両に生じた損害につき、約款所定の規定に基づき被保険者である原告に填補する、(2)被保険自動車が全損のときは、被告が填補すべき損害の額は、保険証券記載の保険金額を限度としてその保険価額とする旨定められている。

2  保険事故の発生

原告が被保険自動車を友人である桑原一郎に貸していたところ、昭和六二年八月二二日午後一一時二〇分ころ、千葉市作草部町一二八八―一先路上において、桑原一郎が被保険自動車を運転中に吉川哲夫運転にかかる自動車に衝突させ、被保険自動車は全損したため、原告は三〇〇万円を超える損害を被るに至った。

3  よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づき、保険金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年四月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は知らない。

三  抗弁(分割保険料不払いによる免責)

1  原告及び被告は、本件契約において、本件約款の保険料分割払特約に基づき、次のとおり合意した。

(一) 原告は、保険料の支払いについて、昭和六二年三月から同年一二月まで、毎月二六日限り、分割保険料三万九一三〇円を支払う。

(二) 原告が、右分割保険料を支払うべき期日後、一か月を経過してなお支払いがないときには(なお、右一か月の期間を「猶予期間一か月」という。)、右支払い期日後に発生した事故については、被告は保険金を支払わない(保険料分割払特約第五条)。

2  原告は、昭和六二年五月分及び六月分の分割保険料の支払期日である同年五月二六日及び同年六月二六日からその各猶予期間一か月経過後である同年七月二六日までの間に右各分割保険料を支払わなかった。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2の各事実はいずれも認める。

五  再抗弁

1  原告は、昭和六二年八月二二日午後四時ころ、渡辺自動車との間で、未払いになっていた同年五月分から同年七月分までの分割保険料に相当する一一万七三九〇円及び同年八月分の分割保険料三万九一三〇円の合計一五万六五二〇円(以下「本件分割保険料」という。)について、そのうち九万六五二〇円を現金で支払い、残額六万円については小切手の交付により支払いに代える旨合意し、同日夕方、額面六万円、振出日昭和六二年八月二三日の小切手(以下「本件小切手」という。)及び現金九万六五二〇円(以下、右現金と本件小切手とをまとめて「本件小切手等」という。)を渡辺自動車に交付した。

2  原告の渡辺自動車に対する本件小切手等の交付が本件事故前であるとの事実の立証ができないとしても、被告には保険料の授受について領収証等によってその日付を明確にすべき義務があるところ、被告の代理店である渡辺自動車は、本件分割保険料の支払について領収証に日付を記入せず、その支払日を明確にしなかったのであるから、被告が、原告に対し、本件事故前に本件分割保険料の支払いがなされたことが明らかでないとして、保険金の支払いを拒絶することは信義則に反し許されない。

六  再抗弁に対する認否及び主張

1  再抗弁1の事実のうち、原告が渡辺自動車に対して本件小切手等を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  再抗弁2の事実のうち、渡辺自動車において領収証に本件分割保険料の支払日を記入しなかったことは認めるが、その余の主張は争う。

3  原告が渡辺自動車に対して本件小切手等を交付したのは本件事故発生後である昭和六二年八月二四日以降である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、請求原因2の事実を認めることができる。

二  抗弁について

抗弁1及び2の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、原告が昭和六二年五月分及び六月分の分割保険料を支払わなかったことにつき責めに帰すべき事由のないことを主張・立証しないから、同年六月二六日の経過後においては、原告は、保険事故が発生したとしても、その発生前に猶予期間一か月を経過した分割保険料全額及びこれについての遅延損害金の支払をしたことを主張・立証しない限り、保険金の請求をする権利を有しないのが原則というべきである。

三  再抗弁及びこれに対する被告の主張について

1  再抗弁1の事実のうち、原告が渡辺自動車に対し本件小切手等を交付したことは当事者間に争いがない。

2(一)  ところで、原告は、原告が被告代理人渡辺自動車に対して本件小切手等を交付したのは本件事故発生前の昭和六二年八月二二日の夕方である旨主張し、仮にこれが立証できないとすれば、それは被告代理人渡辺自動車が本件小切手等を受領した際原告に交付した「分割払団体扱保険料領収証」に本件小切手等を受領した日時を記載しなかったことによるのであるから、被告は本訴において本件小切手等の交付があったのは本件事故の発生前であることを否定できない旨主張する。

保険契約者が保険料の分割払特約に基づく分割保険料の支払をその責めに帰すべき事由により支払期限及び猶予期間一か月を経過したため、保険者がその後に発生する保険事故について保険金支払義務を負わない法律状態(以下「保険休止状態」という。)が生じた後であっても、保険契約者が保険者に対して猶予期間一か月経過した分割保険料全額及びこれについての遅延損害金(以下「遅滞分割保険料等」という。)の支払をしたときには、右支払後に生じた保険事故については保険者は保険金の支払義務を負うことになるものと解すべきことは、前示のとおりである。このように保険休止状態が生じている場合においては、遅滞分割保険料等の支払がされた日時と保険事故発生の日時との先後関係は、保険金支払義務の有無を定めるについての決定的な事実であるから、保険者又はその代理人は、保険契約者から遅滞分割保険料等を受領したときには、保険契約者に対して、受領金額のほかその日時をも明記した弁済受領書を交付すべき法律上の義務(民法四八六条)があるものというべきである。そして、被保険者が、一旦保険休止状態が生じた後において、遅滞分割保険料等の支払があったことを理由として、保険金の支払を求めるためには、右支払が保険事故の発生前にされたことを主張・立証することを要するのが原則であることも前示のとおりであるが、この原則は、被保険者が保険者の交付した遅滞分割保険料等についての弁済受領書等によりその日時を容易に立証することができることを考慮に入れてのものであるから、保険者又はその代理人が右法律上の義務を懈怠し、遅滞分割保険料等を受領した日時を記載しない弁済受領書を交付した場合には、保険者は、右義務の懈怠がその故意又は過失に基づくものではないといえない限り、遅滞分割保険料等の支払の日時について主張・立証責任を負う被保険者の立証を妨害したこととなるものというべきであり、これにより被保険者が陥る立証上の不利益に基づき保険者が利益を得ることになるのは公平の観念に照らして許されるべきものではない。したがって、右の場合には、被保険者は、保険金を請求するためには、遅滞保険料等を支払ったのが保険事故の発生より前であることを主張・立証する要はなく、保険者において保険事故が遅滞分割保険料等の支払前に生じたことを主張・立証することを要することになるものというべきである。

本件において、被告代理人渡辺自動車は、原告から本件小切手等を受領した際、原告に「分割払団体扱契約保険料領収証」を交付したが、これに受領の日時を記載しなかったことは当事者間に争いがなく、右記載しなかったことについて被告又は被告代理人渡辺自動車に故意又は過失がなかったとすべき事実関係は本件全証拠をもってしても認めがたいから、被告は、本件契約に基づく保険料の支払を免れるためには、本件小切手等の支払が本件事故より後にされたことを主張・立証することを要するものというべきである。

原告の前記主張は右の趣旨及び限度においてのみ理由があるというべきであり、これを超えて被告代理人渡辺自動車が原告に対し本件小切手等を受領した日時を「分割払団体扱契約保険料領収証」に記載しなかったとの事実から直ちに被告が本件保険金支払義務を否定できないと解すべき根拠はないから、原告の前記主張にこの趣旨の主張を含むとすれば、かかる主張は失当というべきである。

(二)  そこで、本件小切手等の交付は本件事故の発生後になされたものである旨の被告の主張について検討することとする。

(1)① 証人渡辺孝治の証言によって真正に成立したものと認められる甲第三号証には「自動車保険料四ヵ月分金一五万六五二〇円也は昭和六二年八月二二日夕方に受領したものと思います。」として、再抗弁1の事実に沿う記載があり、同証人は同様の証言をし、原告本人も同日に本件小切手等を渡辺に対し交付した旨供述している。

② しかしながら、《証拠省略》によれば、被告から本件契約について保険料支払の有無等の調査を依頼された株式会社損害保険リサーチの調査員である粕谷高義(以下「粕谷」という。)が昭和六二年一〇月二二日に渡辺と面接した際には、同人は、本件小切手等を受け取った日については記録していないので分からないと述べていたこと、甲第三号証は原告の渡辺に対する昭和六二年一二月ころからの執拗かつ頻繁な働き掛けに応じて作成されるに至ったものであることが認められ、右甲号証の記載自体も「思います」と曖昧な表現が用いられていることからすれば、右甲第三号証及び証人渡辺の証言中前示の部分はいずれもたやすく信用することはできない。

③ また、《証拠省略》を総合すると、原告自身、昭和六二年一〇月二二日、粕谷との面接の際に、本件分割保険料は全額小切手で株式会社ヤナセ千葉と取引上密接な関係のある渡辺自動車の高木、松井、渡辺以外の名前不明者に支払い、その日付については正確に思い出せない旨供述したこと、原告は、同年一〇月末ないし一一月初めころ、被告から本件事故について保険金の支払いができない旨の通知を受けた後、被告に対して既払保険料を返還してもらえば保険金の請求を取り下げてもよいと申し出ていること、本件小切手の振出日は昭和六二年八月二三日となっていること(すなわち、本件小切手の振出日欄には、もと「62 5 13」と記載されていたが、「5」が「8」に、「1」が「2」にそれぞれ書き換えられて「62 8 23」となっている。)、原告は、本件事故の発生を直ちに渡辺自動車又は被告に通知せず、本件事故の日から約二二日経過した同年九月一三日ころになって初めて渡辺自動車に通知したことの各事実が認められるところ、本件小切手の日付について、原告は、同年八月二二日の夕方銀行取引時間経過後に振り出されたため、振出日が翌二三日とされたのである旨主張、供述するが、同日は日曜日であって、もし銀行取引時間に合わせるべく先日付としたものであれば、銀行取引が行われる八月二四日を振出日とするのが素直であること、さらに、原告が粕谷との面接時以後本人尋問までの間に本件小切手等の交付の日時について記憶を喚起した理由については明らかではないことからすれば、原告本人の前示供述も採用できないものといわざるを得ない。

(2) 右(1)③に認定の事実と、《証拠省略》によって認められる事実、すなわち、原告は桑原が惹起した本件事故の被害車両の所有者である吉川順に対し保険が切れているので桑原から弁償してもらうようにと要請したとの事実を総合すると、原告は本件事故の発生後に本件小切手等を渡辺自動車に対して交付したものと推認するのが相当である。

四  以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 原田敏章 森木田邦裕)

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